| 貴志川線の現状分析レポート |
貴志川線の現状分析レポート
平成16年8月30日
和歌山高専 環境都市工学科 助教授 伊藤 雅
1.要点
- 貴志川線の状況を客観的にみる試みとして,日本国内の同規模の路線と比較する.
- 比較対象は,
- 貴志川線と同様に電化されている路線(路面電車含む)
- 営業キロが貴志川線(14.3km)と同規模の10〜20km
- 輸送密度が貴志川線(3451人/km:平成13年度)と同規模以下
- 貴志川線より輸送密度の低い路線の状況を見ると,貴志川線同様に廃止意向,廃止予定の路線がいくつか存在する.
- 一方,貴志川線よりも同等あるいはそれ以下の輸送密度にもかかわらず,黒字化されているところもある.
- 輸送密度が低く,赤字であるにもかかわらず,第三セクター転換により存続させているところがある.
2.貴志川線と同規模路線のデータ比較
2.1 比較対象路線の概略(輸送密度の比較)
輸送密度とは,路線1km・1日当たり平均してどの程度の乗客が利用しているかを示す指標で,路線の実質的な利用度合を表す指標である.(輸送人員は輸送距離を考慮していない数字であるため,いくら輸送人員が多くても利用距離が短ければ輸送密度は低くなる)
貴志川線より輸送密度が低い路線は平成13年度において11路線ある(表1).このうち,黒字化されているのは3路線,廃止予定,廃止が表明されているもの,廃止の意向を示しているものが,4路線ある.加越能鉄道は,平成14年4月に第三セクター化され,万葉線鉄道株式会社として再スタートしている.
なお,平成16年2月の貴志川線利用者アンケートによると1日の利用客数4730人とのことなので,輸送密度を推計すると2620人/キロと平成13年度と比べるとかなり落ち込んでいる状況である.
| 事業者名 | 路線名 | 種別 | 営業キロ | 輸送密度 (人/キロ) |
備考 | |
| 1 | 加越能鉄道 | 路面電車 | 12.8 | 1154 | 第三セクター化 | |
| 2 | 十和田観光電鉄 | 電化鉄道 | 14.7 | 1443 | ||
| 3 | 熊本電気鉄道 | 電化鉄道 | 13.1 | 1591 | ||
| 4 | 上田交通 | 電化鉄道 | 11.6 | 1707 | 廃止意向? | |
| 5 | 日立電鉄 | 電化鉄道 | 18.1 | 1710 | H17.3廃止予定 | |
| E | 弘南鉄道 | 大鰐線 | 電化鉄道 | 13.9 | 1744 | 黒字路線 |
| F | 北陸鉄道 | 石川線 | 電化鉄道 | 15.9 | 1778 | 黒字路線 |
| 8 | 松本電気鉄道 | 電化鉄道 | 14.4 | 2217 | ||
| 9 | 名古屋鉄道 | 美濃町軌道線 | 路面電車 | 13.0 | 2297 | 廃止表明 |
| 10 | 名古屋鉄道 | 岐阜市内軌道線 | 路面電車 | 10.9 | 2389 | |
| J | 弘南鉄道 | 弘南線 | 電化鉄道 | 16.8 | 3112 | 黒字路線 |
| 12 | 南海電気鉄道 | 貴志川線 | 電化鉄道 | 14.3 | 3451 | 廃止表明 |
2.2 輸送人員の比較
輸送人員だけでは十分な路線の比較はできないが,一般的に輸送規模が理解しやすいのと,定期客かどうかという集計がなされているので,平成13年度の年間輸送人員のデータで比較してみる.
他の路線と比べると年間200万人を越えている貴志川線は,かなり利用されている路線であるといえる.平成16年2月の貴志川線利用者アンケートによると1日の利用客数4730人とのことなので,単純に365倍すると年間173万人となるがそれでも輸送人員は多い部類といえよう.
また,各路線の定期客の割合を見ると,おおむね6割前後が定期客であるが,通学で利用している割合の方が多い.これに対して貴志川線は,通勤で利用している割合が35%と高く,他線に比べると通勤のための需要が非常に高いといえる.
| 事業者・路線名 |
年間輸送人員 |
うち通勤定期 (千人) |
うち通学定期 (千人) |
|||
| 1 | 十和田観光電鉄 | 700 | 10 | 1% | 454 | 65% |
| 2 | 加越能鉄道 | 988 | 155 | 16% | 175 | 18% |
| 3 | 名古屋鉄道 美濃町軌道線 |
1265 | 191 | 15% | 681 | 54% |
| 4 | 弘南鉄道 大鰐線 |
1308 | 155 | 12% | 569 | 44% |
| 5 | 上田交通 | 1340 | 195 | 15% | 428 | 32% |
| 6 | 北陸鉄道 石川線 |
1394 | 209 | 15% | 516 | 37% |
| 7 | 松本電気鉄道 | 1466 | 170 | 12% | 677 | 46% |
| 8 | 熊本電気鉄道 | 1596 | 129 | 8% | 360 | 23% |
| 9 | 弘南鉄道 弘南線 |
1737 | 138 | 8% | 995 | 57% |
| 10 | 日立電鉄 | 2035 | 891 | 44% | 494 | 24% |
| 11 | 南海電気鉄道 貴志川線 |
2274 | 805 | 35% | 698 | 31% |
| 12 | 名古屋鉄道 岐阜市内軌道線 |
3303 | 526 | 16% | 1446 | 44% |
2.2 運輸収入の比較
乗客から運賃を徴収して得られる運輸収入について比較を行う(表3).前述の輸送人員は輸送規模の目安であるが,輸送量としては輸送人員に利用距離を乗じた「輸送人キロ」が輸送量の実質的な指標となる.
運賃は距離に応じて定められているので,この「輸送人キロ」に比例して運輸収入が決まってくる.参考として,路線運賃の目安となる平均運賃(=運輸収入/輸送人キロ)を算出している.
貴志川線は輸送人員,輸送人キロともに他線より多いにもかかわらず,運輸収入は比較的低い部類に入ってくる.これは他線の多くで平均運賃が人キロ当たり30円以上となっているのと比較して,貴志川線では人キロ当たり19円とかなり安い水準にあることが一因である.
| 事業者・路線名 | 旅客運輸収入 (百万円) |
旅客輸送 (千人キロ) |
平均運賃 (円/人キロ) |
|
| 1 | 名古屋鉄道 美濃町軌道線 |
135 | 10898 | 12 |
| 2 | 十和田観光電鉄 | 170 | 7742 | 22 |
| 3 | 加越能鉄道 | 192 | 5390 | 36 |
| 4 | 弘南鉄道 大鰐線 |
231 | 8849 | 26 |
| 5 | 熊本電気鉄道 | 242 | 7605 | 32 |
| 6 | 上田交通 | 289 | 7229 | 40 |
| 7 | 北陸鉄道 石川線 |
317 | 10321 | 31 |
| 8 | 南海電気鉄道 貴志川線 |
344 | 18014 | 19 |
| 9 | 弘南鉄道 弘南線 |
350 | 19084 | 18 |
| 10 | 日立電鉄 | 361 | 11296 | 32 |
| 11 | 松本電気鉄道 | 383 | 11650 | 33 |
| 12 | 名古屋鉄道 岐阜市内軌道線 |
384 | 9506 | 40 |
2.4 経費(鉄軌道営業費)の比較
鉄道の営業に必要な経費である鉄軌道営業費について比較する.このうち人件費の占める割合を算出している.また,人を1キロ輸送するのにかかる経費も算出している.
貴志川線については,市議会等で公表された数値を参考値としている.貴志川線の経費は,人件費の割合は他鉄道に比べてそれほど高くはないが,人件費の金額自体はかなり高くなっている.また,人件費以外にかかっている額を考えてもかなり高い値となっている.その結果,キロ当り輸送経費も人キロ当たり41円と高い水準となっている.
| 事業者・路線名 | 鉄軌道営業費 (百万円) |
うち人件費 (百万円) |
人キロ当り経費 (円/人キロ) |
備考 | ||
| 1 | 十和田観光電鉄 | 196 | 114 | 58% |
25 |
|
| 2 |
加越能鉄道
|
264 | 187 | 71% |
49 |
|
| 3 | 熊本電気鉄道 | 270 | 125 | 46% | 36 | |
| 4 | 上田交通 | 306 | 163 | 53% | 42 | |
| 5 | 松本電気鉄道 | 399 | 190 | 48% | 34 | |
| 6 | 日立電鉄 | 440 | 223 |
51% |
39 | |
| 7 | 北陸鉄道 | 625 | 319 | 51% | 33 | 石川線・浅野川線を合わせた数値 |
| 8 | 弘南鉄道 | 632 | 392 | 62% | 23 | 弘南線・大鰐線を合わせた数値 |
| 9 | 南海電気鉄道 貴志川線 |
731 | 456 | 62% | 41 | 公表値 |
| 10 | 名古屋鉄道 軌道線 |
1973 | 979 | 50% | 97 | 岐阜市内線・美濃町線を合わせた数値 |
*鉄道統計年報には路線別営業費の数値は記載されていない
2.5 収支係数の比較
経営が赤字か黒字かを判断する,収支係数(100円を稼ぐのに必要な経費)について比較を行う.
貴志川線の収支係数は100円稼ぐのに226円の経費を必要としており,他路線と比較して突出した赤字の状態である.経営収支は会社全体でバランスがとれていれば問題ないわけではあるが,貴志川線だけを取り出してみると,収支バランスを大きく崩している.
一方で,営業キロ,輸送人キロ,輸送収入がほぼ同じ弘南鉄道(弘南線)が黒字化されている例が現実に存在しており,次章では貴志川線と弘南鉄道を対比しながら貴志川線の問題をみることにする.
| 事業者・路線名 | 収支係数 | 鉄軌道営業収益 (百万円) |
鉄軌道営業費 (百万円) |
備考 | |
| 1 | 弘南鉄道 | 97 | 649 | 632 | 弘南線・大鰐線を合わせた数値 |
| 2 | 北陸鉄道 | 99 | 631 | 625 | 石川線・浅野川線を合わせた数値 |
| 3 | 松本電気鉄道 | 103 | 387 | 399 | |
| 4 | 上田交通 | 104 | 295 | 306 | |
|
5 |
熊本電気鉄道 | 108 | 251 | 270 | |
| 6 | 日立電鉄 | 110 | 399 | 440 | |
| 7 | 十和田観光電鉄 | 112 | 174 | 196 | |
| 8 | 加越能鉄道 | 133 | 198 | 264 | |
| 9 | 名古屋鉄道 | 226 | 872 | 1973 | 岐阜市内線・美濃町線を合わせた数値 |
| 10 | 南海電鉄 貴志川線 |
226 | 323 | 731 | 公表値 |
*鉄道統計年報には路線別営業収益,営業費の数値は記載されていない
3.貴志川線と弘南鉄道の比較
貴志川線と路線規模,輸送規模ともにほぼ同水準のレベルにあり黒字化されている弘南鉄道弘南線と比較する.
貴志川線は大阪方面へ通じるJR線と接続していることから通勤目的で利用されている割合が大きい.一方,弘南線は沿線に駅名にもなっている3つの高校や沿線から弘前市内への高校・大学への通学目的に利用されている割合が大きい.
年間輸送人員は貴志川線が多いが,平均乗車キロの違いから,輸送人キロはほぼ同じであり,運賃水準もほぼ等しいことから,運輸収入はどちらも3億5千万円程度となっている.
一方,経費をみると,弘南鉄道は弘南線の経費を推計すると約3億4600万円とみられ,貴志川線と全く同じ路線規模,輸送規模にもかかわらず,半額程度の経費により運行していることが分かる.
| 南海電気鉄道・貴志川線 | 弘南鉄道・弘南線 | |
| 沿線市町村(人口:H14.3) |
和歌山市(391千人) 計413千人 |
弘前市(176千人) 南津軽郡尾上町(10千人) 南津軽郡田舎館村(9千人) 黒石市(10千人) 計235千人 |
| 営業キロ | 14.3km | 16.8km |
| 輸送密度(H13年度) | 3451人/km | 3112人/km |
| 年間輸送人員(H13年度) | 2274千人 (うち通勤 35%,通学 31%) |
1737千人 (うち通勤 8%,通学 57%) |
| 年間輸送人キロ(H13年度) | 18014千人キロ | 19084千人キロ |
| 年間旅客運輸収入(H13年度) | 344百万円 | 350百万円 |
| 平均運賃(H13年度) =旅客収入/輸送人キロ |
19円/人キロ | 18円/人キロ |
|
鉄軌道営業費 うち 人件費 |
731百万円 456百万円 |
346百万円 214百万円 |
|
人キロ当り経費 |
41円/人キロ (公表値による算定) |
23円/人キロ (弘南鉄道全体) |
|
収支係数 鉄軌道営業収益 |
226 323百万円 |
97 649百万円 |
|
現業部門職員数
|
42名 (公表値) | 67名 (弘南鉄道全体) |
|
平均給与(基準賃金)
|
303,570円 (南海電鉄全体) | 233,086円 (弘南鉄道全体) |
4.まとめ
貴志川線の現状として,上述の分析より次のことがいえよう.
- (1) 約3億円といわれる路線収入(営業収益)に関しては,同規模他路線と比較して妥当な数値であり,平均運賃から見て低運賃サービスを提供しているといえる.
- (2) 約7億円といわれる経費(営業費)に関しては,同規模の弘南鉄道と比較すると,人件費及びその他経費ともに倍以上の費用がかかっている.
- (3) 同規模路線の比較から見て,貴志川線の乗客数は鉄道経営には十分の規模であり,経費を弘南鉄道並みに見直すことができれば,黒字化も可能である.
最後に,貴志川線の今後として次の考え方を付記しておきたい.
他路線で黒字化されている路線は日々の運行経費を運賃収入でまかなうというレベルでは黒字であるが,新たな設備投資(新型車両の導入,駅・鉄道施設の更新など)を行うのはほぼ不可能な収支レベルであり,長い将来に渡って路線が持続する状況であるとは限らない.
日本の公共交通は基本的にはその運行会社の経営努力のもとで投資及び経営が行われてきた.これは,日本独特の高い人口密度を背景に鉄道会社が多くの乗客を得て儲けることができたという特殊事情によるものであった.本来の公共交通は,道路などと同様に,公共(自治体)が投資・整備を行い,運行・経営は民間が行うというのが世界の常識であり,貴志川線もこのような形に転換しなければ,将来に渡って持続する公共交通とはなり得ないと考える.